日曜日に市場へ出かけ シュークーリーム買ってきた
月曜日にお風呂をたいて
火曜日にお風呂へ入り
水曜日は党首討論
木曜日は東京地裁
金曜日はお役所詣で
土曜日は反省大会
ともだちよこれが私の一週間の仕事です
テュリャテュリャテュリャテュリャリャァ〜〜〜〜
ロシア民謡にも負けない怒濤の一週間、ブログを書くのを忘れてました。
分身がいると楽なので、こういう身体になりたいです。
マトリューシュカとライヒはともだちだよね。

月曜日にお風呂をたいて
火曜日にお風呂へ入り
水曜日は党首討論
木曜日は東京地裁
金曜日はお役所詣で
土曜日は反省大会
ともだちよこれが私の一週間の仕事です
テュリャテュリャテュリャテュリャリャァ〜〜〜〜
ロシア民謡にも負けない怒濤の一週間、ブログを書くのを忘れてました。
分身がいると楽なので、こういう身体になりたいです。
マトリューシュカとライヒはともだちだよね。

人格と作品、音楽性は切り離して考えることにしている、
と、いうのは独り言です。

電気用品安全法(PSE法)に対する署名のお願い
音楽家 坂本龍一
音楽家 高中正義
音楽家 松武秀樹
音楽家 椎名和夫
2006年4月1日より経済産業省が完全施行する電気用品安全法に対する、
我々音楽家や録音スタジオ、コンサート音響機器業者、音楽愛好家、楽器販売店へ
この法案の規制緩和(規程変更)の同意を求める署名運動を起こします。
この法案は「日本の文化・芸術」にとって、大変憂慮すべき事態と認識して
おり、JSPA HP//www.jspa.gr.jpにて
署名運動を開始しました。皆様の御理解と御協力を宜しくお願いいたします。
やらずに文句を言う前に、やれるだけのことはやってみましょうよ。

と、いうのは独り言です。

電気用品安全法(PSE法)に対する署名のお願い
音楽家 坂本龍一
音楽家 高中正義
音楽家 松武秀樹
音楽家 椎名和夫
2006年4月1日より経済産業省が完全施行する電気用品安全法に対する、
我々音楽家や録音スタジオ、コンサート音響機器業者、音楽愛好家、楽器販売店へ
この法案の規制緩和(規程変更)の同意を求める署名運動を起こします。
この法案は「日本の文化・芸術」にとって、大変憂慮すべき事態と認識して
おり、JSPA HP//www.jspa.gr.jpにて
署名運動を開始しました。皆様の御理解と御協力を宜しくお願いいたします。
やらずに文句を言う前に、やれるだけのことはやってみましょうよ。

昨日のバレンタインはチョコレートを渡しに大阪ビジネス街のど真ん中にいざ出陣、
と書くと、このブログを読んでいる中で顔と名前が一致する8名くらいの方々から
「ありえねぇ〜っ!」と怒号が飛んできそうだが、客観的事実を記しただけである。
この時期、お役所詣でや”先生”と名のつく人がたくさんいる事務所に出掛ける用件が
目白押し、昨日は所用で弁護士事務所に出掛けた。こんな日に手ブラで行くってのも
野暮かと、新地(銀座やすすき野でも代替可)の気遣いで「センセ、これ」と持参後は
旧帝大在学時にゲバっていた為に一般企業への就職が困難で法曹界という定番コースを
歩んだコワモテの先生も相好を崩すという便利なコミュニケーション・ツール贈呈。
「センセ、国会の法務委員会へのお出掛け時にはそんな顔では行けないですね」と
無駄口を叩きたい気持ちを抑え、簡単な話し合いと近日中の会食の約束をして退散。
プライヴェートな席での会食では質問し放題なので、電気用品安全法とどう上手く
”つきあうか”なテクニックを訊いてこようと思っている。
(註:当ブログはビューティー・コロシアムが整形手術を助長していないのと同様に、
法律違反を助長しているわけではございません。要は使いよう。)
とにかくこの世は法律と経済によって規定されていることに間違いはないだろう。
義務教育では三権分立という構造を学習し、子供心に上手いシステムだなぁと感心した
ものだが、義務教育で習わなかったことは、司法権を持つ人間も、特に地裁レベルには
『あまりに真っ当な裁判をするために地方都市の地裁にしかいられない裁判長』や、
実際、裁判官になるにはそれなりの教育が要求され、確率的には富裕層の子弟子女が
裁判官になる確率が圧倒的に高く、結果的にその中には富裕層社会の現実しか知らない、
『あまりにお幸せな観点からしか物事を裁けない裁判長』もいるという現実である。
そしてわれわれは出生時に親を選べないのと同様に、裁判時には裁判長を選べない。
これで人生決まるってこともあるのに選択権は無いんだよねぇ、いやまったく。
さらに付け加えるなら、三権分立の残りの立法権と行政権は表や裏を問わない『経済』に
よって動くという紛れもない事実は昨今の国会でも露呈されているわけで、その最たる
責任者を選んだのも国民であるというのが現実である。
ここ数日の国会答弁で安倍晋三が外交について問われ、「日本はダイナミックな外交を
していますっ!」と自慢気に答弁しているニュースを見て大笑いした。
もしレコード屋のオンライン・ショップで「ダイナミックなレコードですっ!」と
キャプションが書かれていたら、あなたはどんなレコードを想像するでしょうか?
凄まじい展開のハード・ミニマル?それともジョセリン・ブラウンのようなヴォーカルが
パワフルに歌うハウス?ストリングス・シンセのメロディーが派手に鳴るトランス?
一瞬聞いて判りやすい言葉ほど、その言葉には具体性が何も無く、正確な情報が無い。
法律と経済を知るためには歴史の正しい認識と理解が必要不可欠である。もちろん
何が正しいか、正しくないかの判断は、ありとあらゆる方面からの検証作業を個人で行う
ことが要求される。歴史の中にはそれを反映する様々な文化や表現方法が存在し、
自ら脱臼するが如くこぼれ落ちたように(一見)みえるような作品にこそ時代の真実が
意識、無意識問わず正確に、かつ、誠実に映し出されている場合も多々ある。
大島渚は「映画で何かができると思い」『青春残酷物語』や『絞首刑』を撮り、
ゴダールは「映画で世界を救えるか」との問いに沈黙し、今なお新作を撮り続ける。
そして世界中では両者の映画を観る人数とは比べ物にならないほどの大勢の人々が
スピルバーグの『ミュンヘン』を観て、表層的理解という共同幻想とカタルシスを得る。
音楽を作る。何のために?
今期の流行りと雑誌で評される服装をする同じような格好の人間が街中には溢れ、
音に作者の内面が感じられない小手先だけのダンス・ツールで踊らせ踊る人たちが溢れる
愛なき世界に生きている現実を見つめながらやっぱり愛がなくちゃねと鼻歌を歌いつつ、
自分用に買ったおいしいチョコレートを食べるバレンタイン・デーで轟音。

と書くと、このブログを読んでいる中で顔と名前が一致する8名くらいの方々から
「ありえねぇ〜っ!」と怒号が飛んできそうだが、客観的事実を記しただけである。
この時期、お役所詣でや”先生”と名のつく人がたくさんいる事務所に出掛ける用件が
目白押し、昨日は所用で弁護士事務所に出掛けた。こんな日に手ブラで行くってのも
野暮かと、新地(銀座やすすき野でも代替可)の気遣いで「センセ、これ」と持参後は
旧帝大在学時にゲバっていた為に一般企業への就職が困難で法曹界という定番コースを
歩んだコワモテの先生も相好を崩すという便利なコミュニケーション・ツール贈呈。
「センセ、国会の法務委員会へのお出掛け時にはそんな顔では行けないですね」と
無駄口を叩きたい気持ちを抑え、簡単な話し合いと近日中の会食の約束をして退散。
プライヴェートな席での会食では質問し放題なので、電気用品安全法とどう上手く
”つきあうか”なテクニックを訊いてこようと思っている。
(註:当ブログはビューティー・コロシアムが整形手術を助長していないのと同様に、
法律違反を助長しているわけではございません。要は使いよう。)
とにかくこの世は法律と経済によって規定されていることに間違いはないだろう。
義務教育では三権分立という構造を学習し、子供心に上手いシステムだなぁと感心した
ものだが、義務教育で習わなかったことは、司法権を持つ人間も、特に地裁レベルには
『あまりに真っ当な裁判をするために地方都市の地裁にしかいられない裁判長』や、
実際、裁判官になるにはそれなりの教育が要求され、確率的には富裕層の子弟子女が
裁判官になる確率が圧倒的に高く、結果的にその中には富裕層社会の現実しか知らない、
『あまりにお幸せな観点からしか物事を裁けない裁判長』もいるという現実である。
そしてわれわれは出生時に親を選べないのと同様に、裁判時には裁判長を選べない。
これで人生決まるってこともあるのに選択権は無いんだよねぇ、いやまったく。
さらに付け加えるなら、三権分立の残りの立法権と行政権は表や裏を問わない『経済』に
よって動くという紛れもない事実は昨今の国会でも露呈されているわけで、その最たる
責任者を選んだのも国民であるというのが現実である。
ここ数日の国会答弁で安倍晋三が外交について問われ、「日本はダイナミックな外交を
していますっ!」と自慢気に答弁しているニュースを見て大笑いした。
もしレコード屋のオンライン・ショップで「ダイナミックなレコードですっ!」と
キャプションが書かれていたら、あなたはどんなレコードを想像するでしょうか?
凄まじい展開のハード・ミニマル?それともジョセリン・ブラウンのようなヴォーカルが
パワフルに歌うハウス?ストリングス・シンセのメロディーが派手に鳴るトランス?
一瞬聞いて判りやすい言葉ほど、その言葉には具体性が何も無く、正確な情報が無い。
法律と経済を知るためには歴史の正しい認識と理解が必要不可欠である。もちろん
何が正しいか、正しくないかの判断は、ありとあらゆる方面からの検証作業を個人で行う
ことが要求される。歴史の中にはそれを反映する様々な文化や表現方法が存在し、
自ら脱臼するが如くこぼれ落ちたように(一見)みえるような作品にこそ時代の真実が
意識、無意識問わず正確に、かつ、誠実に映し出されている場合も多々ある。
大島渚は「映画で何かができると思い」『青春残酷物語』や『絞首刑』を撮り、
ゴダールは「映画で世界を救えるか」との問いに沈黙し、今なお新作を撮り続ける。
そして世界中では両者の映画を観る人数とは比べ物にならないほどの大勢の人々が
スピルバーグの『ミュンヘン』を観て、表層的理解という共同幻想とカタルシスを得る。
音楽を作る。何のために?
今期の流行りと雑誌で評される服装をする同じような格好の人間が街中には溢れ、
音に作者の内面が感じられない小手先だけのダンス・ツールで踊らせ踊る人たちが溢れる
愛なき世界に生きている現実を見つめながらやっぱり愛がなくちゃねと鼻歌を歌いつつ、
自分用に買ったおいしいチョコレートを食べるバレンタイン・デーで轟音。


Gunne
Sleepin' Beauty
どこを見てもバレンタイン・デーとやらで賑わう大阪の街ですが、チョコレートなんか要らないぜ!と言える男の中の男のみなさん出て来いや!今日はチョコなんてもらわないぜ!の筆者がバレンタイン・デーに一人で聴くのにぴったりなトラックをお届けするぜこの野郎!
このGUNNEという人、フランス語のきゃわいい女の子のウィスパー・ヴォイスを使ったトラック、しかも極太ベースを使ったエレクトロ・ハウスからミニマル・テックと作風も多彩で、思わず「こりゃ買い〜!」と思ったものの誰だか全く知らず、「誰ですか〜?」と聞いた相手が悪かった、「自分で探せ」とのお達しにシブシブ探索。どうやらいつもはパンク・バンドでプレイしている人らしく、ところどころに出てくるギター・リフにも納得。繊細な音色とヴォーカルになんだか野太いところがあるのはそのせいか。こりゃタダ者じゃない。線の細いマイクロ・ハウスとかクリックといった音はどうもキャラに合わず、男気溢れる俺には使えないぜ!というお客さんにも勧められるレコード。でもやっぱりフロアにかわいい女の子を見つけたら裏面のフレンチでキュートなトラックを使うことを強くお勧めする。きっとGUNNEも”かわいいヴォーカル→極太ベース→キラキラ・ドリーミンなテック・ハウス”と同じシングルに詰め込んでいるのを見ると、それらをTPOをわきまえ使い分ける生活を送っているのだろう。なんとなくGUNNEってモテる男のような気がする。
とにかく「こんなヤツ知らん」と無視しないで、たまには知らない人のレコードを聴いてみるのも”出会い”である。チョコレートを介在した出会いには縁がなくても、いいレコードと出会えれば楽しいお客さん、明日もご利用お待ちしてます。チョコなんか要らないぜ!
このブログを読んでもらっている方から「サッカーの話が多いですね」という
指摘を受けたので、今後はサッカー・ネタを慎むようにと次回の会議で提案すべきか、
などど悩みつつアメリカ対日本の親善試合を観戦。利権まみれの冬季五輪は観る気無し。
ピッチのコンディションも恐ろしく悪く、また、W杯まで秒読み段階のこの期に及んでも
CRISTIAN VOGELよりもNO FUTUREなワン・トップの機能しないシステムを採用、
前半戦から勘違いのエレクトロニカ並みの素っ頓狂(死語?)なガタガタ・リズムで、
ヨハン・クライフもびっくりの美しくないサッカーが目の前に繰り広げられ、
思わずテレビのスイッチが切るに切れなくなってしまった。
サッカーだけでなく、いかなるものにも『精神論』を持ち出すことは嫌いだし
(ちなみに『頑張れ』という言葉も嫌い。そう言うなら『頑張る』ための具体的方法や、
手段、テクニックなどを示すべきであろう。出来ないなら無責任に煽るな)
気合いとかヌルいことを言うつもりもないが、FW久保の風情はアル中のオヤジと
同じ空気しか感じられない。いつから代表戦が酔拳通用の小林サッカーになったのか。
少なくとも成人としての品格に欠けるFWは相手DFへの威嚇にもなんねーよ。
あ、コレ、DJも同じね。DJINGの内容=人間性/性格=みなさん、顔に出てますよ。
そんなイライラしていた気分を和らげてくれたのが、解説で登場の前園真聖だった。
今の前園の姿を10年前に想像できていたなら西から昇ったお日様も東に沈んで
サニー・サイド・アップな訳ですが、いまだに好きなサッカーに拘る姿勢はいいぞ前園。
小倉隆史が引退という悲しいニュースが入ってきた直後だっただけに感慨もひとしお。
小倉も指導者としての道を歩むようなので、神様がいるのならちょっとは考えて欲しい。
五輪出場のために海外リーグからのオファーを断り、五輪直前にしての靭帯全断。
「神様おるんか、俺、何かしましたか」そう叫んだ小倉のサッカー人生もまさしくプロ。
奇しくも冬季ではあるがオリンピックの季節に前園と小倉の話題の邂逅で、
地獄を見た二人の、男のロマンなNUMBER話を思い出してしまった(しばし号泣)。
宗教団体とスポンサーをバックにしてもしや勧誘活動?なサッカー教室を作る選手には
生き神様がいるのだろう。でも神は死んだ、って聞いたけど、その嘘、本当?
と、ここまで書いて、サッカー・ネタを控えるべきかどうかという話に戻るのですが、
サッカーのことを書いていると思わせながら、本当は違うことを書いているかも。
まずはモニターを1分間じっと見てください。なんらかの文字か文章が浮かびます。
(お使いのPCやOSにより、少々時間がかかるかもしれません)

指摘を受けたので、今後はサッカー・ネタを慎むようにと次回の会議で提案すべきか、
などど悩みつつアメリカ対日本の親善試合を観戦。利権まみれの冬季五輪は観る気無し。
ピッチのコンディションも恐ろしく悪く、また、W杯まで秒読み段階のこの期に及んでも
CRISTIAN VOGELよりもNO FUTUREなワン・トップの機能しないシステムを採用、
前半戦から勘違いのエレクトロニカ並みの素っ頓狂(死語?)なガタガタ・リズムで、
ヨハン・クライフもびっくりの美しくないサッカーが目の前に繰り広げられ、
思わずテレビのスイッチが切るに切れなくなってしまった。
サッカーだけでなく、いかなるものにも『精神論』を持ち出すことは嫌いだし
(ちなみに『頑張れ』という言葉も嫌い。そう言うなら『頑張る』ための具体的方法や、
手段、テクニックなどを示すべきであろう。出来ないなら無責任に煽るな)
気合いとかヌルいことを言うつもりもないが、FW久保の風情はアル中のオヤジと
同じ空気しか感じられない。いつから代表戦が酔拳通用の小林サッカーになったのか。
少なくとも成人としての品格に欠けるFWは相手DFへの威嚇にもなんねーよ。
あ、コレ、DJも同じね。DJINGの内容=人間性/性格=みなさん、顔に出てますよ。
そんなイライラしていた気分を和らげてくれたのが、解説で登場の前園真聖だった。
今の前園の姿を10年前に想像できていたなら西から昇ったお日様も東に沈んで
サニー・サイド・アップな訳ですが、いまだに好きなサッカーに拘る姿勢はいいぞ前園。
小倉隆史が引退という悲しいニュースが入ってきた直後だっただけに感慨もひとしお。
小倉も指導者としての道を歩むようなので、神様がいるのならちょっとは考えて欲しい。
五輪出場のために海外リーグからのオファーを断り、五輪直前にしての靭帯全断。
「神様おるんか、俺、何かしましたか」そう叫んだ小倉のサッカー人生もまさしくプロ。
奇しくも冬季ではあるがオリンピックの季節に前園と小倉の話題の邂逅で、
地獄を見た二人の、男のロマンなNUMBER話を思い出してしまった(しばし号泣)。
宗教団体とスポンサーをバックにしてもしや勧誘活動?なサッカー教室を作る選手には
生き神様がいるのだろう。でも神は死んだ、って聞いたけど、その嘘、本当?
と、ここまで書いて、サッカー・ネタを控えるべきかどうかという話に戻るのですが、
サッカーのことを書いていると思わせながら、本当は違うことを書いているかも。
まずはモニターを1分間じっと見てください。なんらかの文字か文章が浮かびます。
(お使いのPCやOSにより、少々時間がかかるかもしれません)


『シンクロニシティ』という概念は既に一般的に浸透しており、
今や何の説明も要らずに使うことができる(よ、ね?)。
シンクロニシティは心理学の高名な学者であるユングが1950年代に発表した理論だが、
世の中にどばーっと広まったのはTHE POLICEが1983年に発表したアルバム・タイトルに
"SYNCHRONOCITY"を採用したからではないかと勝手に思い込んでいる。
この仮説が正論だとすれば、日本でユングの重要理論を広めた立役者はおそらく
小林克也になってしまう。毎週毎週「"SYNCHRONOCITY"とは・・・」と
テレビ朝日系列ネットで全国に解説していたその功績は大きい。
大阪は週遅れの放送だったことは今でも浦見魔太郎。
さて、どうして『シンクロニシティ』なんちゅー言葉を思い出したかというと、
ヘタリ牛やヘタリ・マンション、ヘタレ北朝鮮外交の問題もそこそこに、
国政がすったもんだやっていたコーシツテンパン騒動のピーク・タイムに、
これまたゴカイニンなんちゅーフロア・キラーがドロップされたことで
クラウドも大爆発、マスト・ダイ!になってしまっていることがなんか腑に落ちない。
この絶妙なタイミングで選ばれた一枚で全部がトバされて昇天。
クナイチョーとテーコー・セイリョクのソテー・ガイのコラボレーション・ユニット、
もしくは、最強のプロデューサーズ・ワークでソーリもハメられたビッグ・ボム、
なんてことはないのかな。まさかきっこのブログのリトル読み過ぎ、深読みしすぎ?
きっこ、奇行、じゃなかった、キコちゃんの青春時代の話っていうのは、
面白いことにガクシュー・イン以外でも、たとえばセーシンなんていうあたりの
同窓会ネット・ワークからいろいろ話が入ってきて、当時は『噂の眞相』を読む感覚で
聞いていたのだが、他人が●●してるとか●●してたなんて話を聞いても
あんまり面白くないでしょ?なのでいつの間にか飽きてました。
ま、そんな要らない予備知識もあったので、今回のシンクロ具合がどうも気になる。
悲しいかな、周囲には旗よりもパチンコを選ぶ人ばかりなので話になりません。
もしbehind the maskなお話をご存知の方がおられれば与太話しましょう。
ということで、サハラでお茶を。
あ!お茶菓子のポッキーやクッキーやチョコをいただいたみなさん、
本当にありがとうございました。おいしくいただいてます。
これからブログに「差し入れ歓迎」なんて書かないので、気を遣わないでご来店を。
でも嬉しかったです。ごちそうさま!
世の中、あまりに知らないことが多すぎて、毎日自分の無知さ加減に辟易するのですが、
こんな法律が施行されることも最近教えてもらってはじめて知りました。
トホホ、情けない。無知は罪です。
電気用品安全法(経済産業省)
http://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/
身近な例で例えると、テクノの歴史を作ってきた名機のあんなシンセやこんなシンセが
普通のお店では買えなくなる、なんてことが今年の4月より当たり前になるわけです。
憧れのビンテージ・アンプを大人になったら買おうと思っていてももう買えない。
シンセもアンプもただの産廃です。産業廃棄物。捨てられます。
新たな安全基準となる『PSEマーク』がついていない製品=電気用品安全法に適合して
いない電気製品は法律で製造・販売・輸入が禁止され、それに伴い、手持ちの古い機器の
修理、補修も出来なくなる恐れがあるとのこと。
昨今の家電の事故を思えば安全確保は重要ですが、木を見て森を見ず、そればかりを
優先させることで文化破壊に直結する短絡的な法律施行は、還流CD輸入規制問題の際にも
お役所が見せた視点の狭さ=貧しさと根幹は同じ。あーあ、またか。
大阪の高層ビル、15階以上から街並みを俯瞰するとおそろしく脈絡の無い建造物の羅列。
古い建築物をどう保守し、残し、継承するかなどと考えず、潰して建て直し最優先なのが
日本建築の在り方。海外の建造物に対する考え方とは大きく異なる”個性的”発想です。
そう言えばどっかの首相も個性的って言われてるらしいですね。
こんなところにも顕れている同様の貧しい思考に基づき文化が形成される国に、
生まれた時からそれが当然とばかりに刷り込まれ、日々生活している恐ろしさ。
「美しいものが嫌いな人がいて?」と思うのですが、汚い街並みが標準装備の自分って、
過去の文化を破壊しても平気な国に住む自分って、あまりに悲しすぎます。
あまりに悲しいので、近所のコンビニに気分転換、おやつを買いに。
ドアには日本のバッジオ・中村俊輔の「受験頑張れ」ポスターが。そーか、そーか。
街に蔓延する無意識下の洗脳と刷り込みには気をつけなきゃ。無知は罪です。

こんな法律が施行されることも最近教えてもらってはじめて知りました。
トホホ、情けない。無知は罪です。
電気用品安全法(経済産業省)
http://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/
身近な例で例えると、テクノの歴史を作ってきた名機のあんなシンセやこんなシンセが
普通のお店では買えなくなる、なんてことが今年の4月より当たり前になるわけです。
憧れのビンテージ・アンプを大人になったら買おうと思っていてももう買えない。
シンセもアンプもただの産廃です。産業廃棄物。捨てられます。
新たな安全基準となる『PSEマーク』がついていない製品=電気用品安全法に適合して
いない電気製品は法律で製造・販売・輸入が禁止され、それに伴い、手持ちの古い機器の
修理、補修も出来なくなる恐れがあるとのこと。
昨今の家電の事故を思えば安全確保は重要ですが、木を見て森を見ず、そればかりを
優先させることで文化破壊に直結する短絡的な法律施行は、還流CD輸入規制問題の際にも
お役所が見せた視点の狭さ=貧しさと根幹は同じ。あーあ、またか。
大阪の高層ビル、15階以上から街並みを俯瞰するとおそろしく脈絡の無い建造物の羅列。
古い建築物をどう保守し、残し、継承するかなどと考えず、潰して建て直し最優先なのが
日本建築の在り方。海外の建造物に対する考え方とは大きく異なる”個性的”発想です。
そう言えばどっかの首相も個性的って言われてるらしいですね。
こんなところにも顕れている同様の貧しい思考に基づき文化が形成される国に、
生まれた時からそれが当然とばかりに刷り込まれ、日々生活している恐ろしさ。
「美しいものが嫌いな人がいて?」と思うのですが、汚い街並みが標準装備の自分って、
過去の文化を破壊しても平気な国に住む自分って、あまりに悲しすぎます。
あまりに悲しいので、近所のコンビニに気分転換、おやつを買いに。
ドアには日本のバッジオ・中村俊輔の「受験頑張れ」ポスターが。そーか、そーか。
街に蔓延する無意識下の洗脳と刷り込みには気をつけなきゃ。無知は罪です。


tribute to NJPでもなく中上健次でもなかったのだが、路地徘徊。
まぁ、中上の語る路地とは趣は違うけれど。夜になれば銭湯の明かりが目印。
ここを直進、とある路地を右に入っていつもは右のところを今回はやっぱり左、左だな。
その左側にあった建物は築120年と聞いたことがある。ねずみも走る。火事なら覚悟。
路地をさらに旋回して移動。

ここもおそらく築50年前後と推測。
長屋が軒を連ねる中に佇む町家のカフェや立ち呑み屋、レコ屋がある町、中崎町。
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